◆JR宗谷本線(北海道)◆

◆2018年5月2日(水)、3日(木)、4日(金)、5日(土)撮影
(概要)
 宗谷本線(そうやほんせん)は、北海道旭川市の旭川駅から名寄市の名寄駅を経て、稚内市の稚内駅を結ぶ北海道旅客鉄道(JR北海道)の鉄道路線(地方交通線)である。

(歴史)
 北方領土を含めない日本最北の地に至る鉄道で、地方交通線としては日本最長である(幹線を含めると山陰本線が日本最長)。山間部や無人地帯を走行する路線のため、野生動物との接触事故が発生することがしばしばある。また、名寄駅〜稚内駅間は地質が脆弱な箇所があり、集中豪雨による災害が頻繁に発生している。
 宗谷本線は、樺太(サハリン)への連絡鉄道として、建設が進められたものである。終点の稚内からは、大泊(コルサコフ)への鉄道連絡船(稚泊航路)が太平洋戦争終戦時まで就航していた。このため、全国的に列車本数の削減がたびたび行われた太平洋戦争当時にあって、北海道内で最後まで急行列車が運行されていた。また、次第に延伸されるに従い、沿線を流れる天塩川の舟運に代わり、沿線及び道北各地で産出される木材や石炭等の鉱物、水産物を輸送する重要な貨物輸送路線としての使命も担うことになった。
 1898(明治31)年8月12日の旭川〜永山間が北海道官設鉄道によって開業したのに始まり、1903(明治36)年9月3日には名寄に到達。以降は官設鉄道によって建設が進められ、1922(大正11)年11月1日に稚内まで全通した。この時に開業したのは、後に天北線となる浜頓別経由のルートであった。現在の幌延経由のルートは1922(大正11)年11月8日から1926(大正15)年9月25日にかけて天塩線(てしおせん)として建設されたもので、1930(昭和5)年4月1日に幌延経由の天塩線が宗谷線に編入され、浜頓別経由のルートは北見線(天北線)として分離された。
 太平洋戦争後は樺太連絡の使命を失い、合理化のため早くも1955(昭和30)年から多くの普通列車の気動車化が為されたが、道北の主要幹線として1958(昭和33)年10月1日以降一貫して優等列車が運転され続けている。2000(平成12)年3月11日には、旭川駅〜名寄駅間の高速化改良工事が完成し、特急列車の運転が開始された。
 1995(平成7)年9月4日までに天北線・深名線など接続する支線がすべて廃線となり、稚内に至る唯一の鉄道となっている。

ゼロキロポスト
電化

非電化


駅名 駅間
営業
キロ
営業
キロ
所在地 開業日
(漢字表記) (よみ)



A28 旭川駅 あさひかわ - 0.0


旭川市 1898(明治31)年7月16日
A29旭川四条駅あさひかわよじょう 1.8 1.8 1957(昭和32)年2月1日
A30新旭川駅しんあさひかわ 1.9 3.7 1922(大正11)年11月4日
(貨)北旭川駅きたあさひかわ 2.9 6.6 1968(昭和43)年10月1日
(廃)西永山駅 にしながやま - 7.2 開業:1955(昭和30)年12月2日
廃止:1967(昭和42)年11月1日


W31 永山駅 ながやま 2.7 9.3 1898(明治31)年8月12日
W32北永山駅きたながやま 2.1 11.4 1947(昭和22)年12月
W33南比布駅みなみぴっぷ 3.3 14.7

比布町 1955(昭和30)年12月2日
W34比布駅ぴっぷ 2.4 17.1 1898(明治31)年11月25日
W35北比布駅きたぴっぷ 3.1 20.2 1955(昭和30)年12月2日
W36蘭留駅らんる 2.6 22.8 1898(明治31)年11月25日
W37塩狩駅しおかり 5.6 28.4 和寒町 1924(大正13)年11月25日
W38和寒駅わっさむ 7.9 36.3 1899(明治32)年11月15日
W39東六線駅ひがしろくせん 5.1 41.4 剣淵町 1956(昭和31)年1月
W40剣淵駅けんぶち 3.8 45.2 1900(明治33)年8月5日
W41北剣淵駅きたけんぶち 5.0 50.2 1959(昭和34)年11月1日
W42士別駅しべつ 3.7 53.9 士別市 1900(明治33)年8月5日
W43下士別駅しもしべつ 4.4 58.3 1955(昭和30)年12月2日
W44多寄駅たよろ 3.4 61.7 1903(明治36)年9月3日
W45瑞穂駅みずほ 2.8 64.5 1956(昭和31)年9月1日
W46風連駅ふうれん 3.6 68.1 名寄市 1903(明治36)年9月3日
W47東風連駅ひがしふうれん 4.5 72.6 1956(昭和31)年9月20日
W48名寄駅なよろ 3.6 76.2 1903(明治36)年9月3日
W49日進駅にっしん 4.0 80.2 1959(昭和34)年11月1日
(臨)智東駅(廃止) ちとう - 84.9 開業:1924(大正13)年6月1日
廃止:2006(平成18)年3月18日
W50北星駅ほくせい 9.1 89.3 1959(昭和34)年11月1日
W51智恵文駅ちえぶん 1.9 91.2 1911(明治44)年11月3日
W52智北駅ちほく 2.1 93.3 1959(昭和34)年11月1日
W53南美深駅みなみびふか 2.3 95.6

美深町 1956(昭和31)年7月1日
W54美深駅びふか 2.7 98.3 1911(明治44)年11月3日
W55初野駅はつの 3.6 101.9 1948(昭和23)年6月
W56紋穂内駅もんぽない 3.1 105.0 1911(明治44)年11月3日
W57恩根内駅おんねない 7.1 112.1 1911(明治44)年11月3日
W58豊清水駅とよしみず 5.8 117.9 1946(昭和21)年10月10日
W59天塩川温泉駅てしおがわおんせん 3.6 121.5 音威子府村 1956(昭和31)年7月1日
W60咲来駅さっくる 3.2 124.7 1912(大正元)年11月5日
W61音威子府駅おといねっぷ 4.6 129.3 1912(大正元)年11月5日
W62筬島駅おさしま 6.3 135.6 1922(大正11)年11月8日
神路信号場(廃止) かみじ - 143.1 中川町 開業:1922(大正11)年11月8日
廃止:1985(昭和60)年3月14日
W63佐久駅さく 18.0 153.6 1922(大正11)年11月8日
琴平駅(廃止) ことひら - 158.2 開業:1955(昭和30)年12月2日
廃止:1990(平成2)年9月1日
W64天塩中川駅てしおなかがわ 8.3 161.9 1922(大正11)年11月8日
下中川駅(廃止) しもなかがわ - 165.8 開業:1955(昭和30)年12月2日
廃止:2001(平成13)年7月1日
W65歌内駅うたない 8.4 170.3 1923(大正12)年11月10日
W66問寒別駅といかんべつ 5.5 175.8




幌延町 1923(大正12)年11月10日
W67糠南駅ぬかなん 2.2 178.0 1955(昭和30)年12月2日
上雄信内駅(廃止) かみおのっぷない - 181.5 開業:1956(昭和31)年5月1日
廃止:1990(平成2)年9月1日
W68雄信内駅おのっぷない 5.7 183.7 1925(大正14)年7月20日
W69安牛駅やすうし 6.0 189.7 1925(大正14)年7月20日
W70南幌延駅みなみほろのべ 1.9 191.6 1959(昭和34)年11月1日
W71上幌延駅かみほろのべ 3.0 194.6 1925(大正14)年7月20日
W72幌延駅ほろのべ 4.8 199.4 1925(大正14)年7月20日
南下沼駅(廃止) みなみしもぬま - 205.6 開業:1957(昭和32)年2月1日
廃止:2006(平成18)年3月18日
W73下沼駅しもぬま 7.8 207.2 1926(大正15)年9月25日
W74豊富駅とよとみ 8.7 215.9 豊富町 1926(大正15)年9月25日
W75徳満駅とくみつ 5.0 220.9 1926(大正15)年9月25日
芦川駅(廃止) あしかわ - 226.6 開業:1926(大正15)年9月25日
廃止:2001(平成13)年7月1日
W76兜沼駅かぶとぬま 10.0 230.9 1924(大正13)年6月25日
W77勇知駅ゆうち 5.8 236.7 稚内市 1924(大正13)年6月25日
W78抜海駅ばっかい 8.3 245.0 1924(大正13)年6月25日
W79南稚内駅みなみわっかない 11.7 256.7 1922(大正11)年11月1日
W80稚内駅わっかない 2.7 259.4 1928(昭和3)年12月26日

年表
旭川〜名寄〜音威子府間
北海道官設鉄道天塩線
1898(明治31)年8月12日 北海道官設鉄道天塩線として、旭川駅〜永山駅間が開業。同区間に永山駅(一般駅・直営駅)を開設。
1898(明治31)年11月25日 天塩線の永山駅〜蘭留駅間が延伸開業。同区間に比布駅(一般駅・直営駅)、蘭留駅(一般駅・直営駅)を開設。
1899(明治32)年11月15日 天塩線の蘭留駅〜和寒駅間が延伸開業。同区間に和寒駅(一般駅・直営駅)を開設。
1900(明治33)年8月5日 天塩線の和寒駅〜士別駅間が延伸開業。同区間に剣淵駅(一般駅・直営駅)、士別駅(一般駅・直営駅)を開設。剣淵駅の当初の読みは「けぬふち」。
1903(明治36)年9月3日 天塩線の士別駅〜名寄駅間が延伸開業。同区間に多寄駅(一般駅・直営駅)、風連駅(一般駅・直営駅)、名寄駅(一般駅・直営駅)を開設。
国有鉄道天塩線(初代)→宗谷線
1905(明治38)年4月1日 天塩線が逓信省鉄道作業局(国有鉄道)に移管。旭川駅、剣淵駅の読みを「あさひかわ」、「けぬふち」から「あさひがわ」、「けんぶち」に変更。
1909(明治42)年2月28日 蘭留駅〜和寒駅間の塩狩峠(後の塩狩駅付近)に差し掛かった旅客列車の客車最後尾の連結器が外れ、客車が暴走しかける事故が発生し、職員1名が客車の下敷きとなり死亡。三浦綾子の小説『塩狩峠』はこの事故をもととしている。
1909(明治42)年10月12日 国有鉄道線路名称制定に伴い、旭川駅〜名寄駅間が天塩線となる。
1911(明治44)年11月3日 天塩線の名寄駅〜恩根内駅間が延伸開業。同区間に智恵文駅(一般駅・直営駅)、美深駅(一般駅・直営駅)、紋穂内駅(一般駅・直営駅)、恩根内駅(一般駅・直営駅)を開設。美深駅の当初の読みは「ぴうか」。
1912(大正元)年9月21日 旭川駅〜恩根内駅間が天塩線から宗谷線に改称。
1912(大正元)年11月5日 宗谷線の恩根内駅〜音威子府駅間が延伸開業。同区間に咲来駅(一般駅・直営駅)、音威子府駅(一般駅・直営駅)を開設。
1916(大正5)年9月5日 蘭留駅〜和寒駅間に塩狩信号所(有人)を開設。
1919(大正8)年10月20日 旭川駅〜音威子府駅(〜浜頓別駅)間が宗谷線から宗谷本線に改称。
1921(大正10)年10月5日 旭川駅〜音威子府駅(〜鬼志別駅)間が宗谷本線から宗谷線に再改称。
1922(大正11)年4月1日 塩狩信号所が塩狩信号場に改称。
1922(大正11)年11月4日 旭川駅〜音威子府駅(〜浜頓別駅〜稚内駅(初代))間が宗谷線から宗谷本線に再改称。旭川駅〜永山駅間に新旭川駅(一般駅・直営駅)を開設。当初の読みは「しんあさひがわ」。
1924(大正13)年6月1日 名寄駅〜智恵文駅間に智東駅(一般駅・直営駅)を開設。函館駅〜稚内駅(初代)間の急行1・2列車の急行区間が従来の函館駅〜滝川駅間から函館駅〜名寄駅間に延長され、当路線初の優等列車が運転開始。名寄駅〜浜頓別駅〜稚内駅(初代)間は引き続き普通列車として運転。
1924(大正13)年11月25日 塩狩信号場が塩狩駅(直営駅・旅客駅)となる。
1926(大正15)年9月25日 天塩線の幌延駅〜兜沼駅間の延伸開業に伴い、それまで浜頓別経由だった急行1・2列車が幌延経由に変更。また、夏季は全区間を急行列車として運転。
1927(昭和2)年9月1日 塩狩駅における貨物の取り扱いが開始(一般駅となる)。
1928(昭和3)年9月10日 急行1・2列車が通年で全区間急行として運転開始。
音威子府〜浜頓別〜南稚内間
国有鉄道宗谷線
1914(大正3)年11月7日 国有鉄道宗谷線の音威子府駅〜小頓別駅間が延伸開業。同区間に上音威子府駅(一般駅・直営駅)、小頓別駅(一般駅・直営駅)を開設。
1916(大正5)年10月1日 宗谷線の小頓別駅〜中頓別駅間が延伸開業。同区間に上頓別駅(一般駅・直営駅)、敏音知駅(一般駅・直営駅)、松音知駅(一般駅・直営駅)、中頓別駅(一般駅・直営駅)を開設。
1918(大正7)年8月25日 宗谷線の中頓別駅〜浜頓別駅間が延伸開業。同区間に下頓別駅(一般駅・直営駅)、浜頓別駅(一般駅・直営駅)を開設。
1919(大正8)年10月20日 (旭川駅〜)音威子府駅〜浜頓別駅間が宗谷線から宗谷本線に改称。
1919(大正8)年11月1日 宗谷本線の浜頓別駅〜浅茅野駅間が延伸開業。同区間に山軽駅(一般駅・直営駅)、浅茅野駅(一般駅・直営駅)を開設。
1920(大正9)年11月1日 宗谷本線の浅茅野駅〜鬼志別駅間が延伸開業。同区間に猿払駅(一般駅・直営駅)、芦野駅(一般駅・直営駅)、鬼志別駅(一般駅・直営駅)を開設。
1921(大正10)年10月5日 (旭川駅〜)音威子府駅〜鬼志別駅間が宗谷本線から宗谷線に再改称。
1922(大正11)年11月1日 宗谷線の鬼志別駅〜稚内駅(初代)間が延伸開業。同区間に小石駅(一般駅・直営駅)、曲淵駅(一般駅・直営駅)、沼川駅(一般駅・直営駅)、樺岡駅(一般駅・直営駅)、幕別駅(後の恵北駅、一般駅・直営駅)、声問駅(一般駅・直営駅)、稚内駅(初代、一般駅・直営駅)を開設。
1922(大正11)年11月4日 (旭川駅〜)音威子府駅〜浜頓別駅〜稚内駅(初代)間が宗谷線から宗谷本線に再改称。
1923(大正12)年5月1日 稚内駅(初代)〜大泊港駅間の稚泊航路を開設。
音威子府〜幌延〜稚内間
国有鉄道天塩線(2代目)
1922(大正11)年11月8日 国有鉄道天塩線の音威子府駅〜誉平駅間が開業。同区間に筬島駅(一般駅・直営駅)、神路駅(一般駅・直営駅)、佐久駅(一般駅・直営駅)、誉平駅(一般駅・直営駅)を開設。
1923(大正12)年11月10日 天塩線の誉平駅〜問寒別駅間が延伸開業。同区間に宇戸内駅(一般駅・直営駅)、問寒別駅(一般駅・直営駅)を開設。
1924(大正13)年6月25日 国有鉄道天塩北線の兜沼駅〜稚内駅(初代)間が開業。同区間に兜沼駅(一般駅・直営駅)、勇知駅(一般駅・直営駅)、抜海駅(一般駅・直営駅)を開設。これに伴い、音威子府駅〜問寒別駅間を天塩線から天塩南線に線名改称。
1925(大正14)年7月20日 天塩南線の問寒別駅〜幌延駅間が延伸開業。同区間に雄信内駅(一般駅・直営駅)、安牛駅(一般駅・直営駅)、上幌延駅(一般駅・直営駅)、幌延駅(一般駅・直営駅)を開設。
1926(大正15)年9月25日 幌延駅〜兜沼駅間が延伸開業し、音威子府駅〜幌延駅〜稚内駅(初代)間が全通。天塩南線と天塩北線が統合され、天塩線に改称。新設区間に下沼駅(一般駅・直営駅)、豊富駅(一般駅・直営駅)、徳満駅(一般駅・直営駅)、芦川駅(一般駅・直営駅)を開設。それまで浜頓別経由だった急行1・2列車が幌延経由に変更。また、夏季は全区間を急行列車として運転。
1928(昭和3)年9月10日 急行1・2列車が通年で全区間急行として運転開始。
1928(昭和3)年12月26日 稚内駅(初代)〜稚内港駅間が延伸開業。同区間に稚内港駅(一般駅・直営駅)を開設。
天塩線編入以後
1930(昭和5)年4月1日 天塩線が宗谷本線に編入され、旭川駅〜幌延駅〜稚内港駅間 (258.9km) が宗谷本線となる。同時に、それまで宗谷本線だった音威子府駅〜浜頓別駅〜稚内駅(初代)間 (149.9km) が分離され、北見線(後の天北線)に改称。なお、メートル法施行時に、稚内駅(初代)〜稚内港駅間の営業距離を1.5 Mから1.2 kmに修正。
1938(昭和13)年10月1日 稚内桟橋駅を開設(稚内港駅構内の仮乗降場扱い)。
1939(昭和14)年2月1日 稚内駅(初代)が南稚内駅、稚内港駅を稚内駅(2代目)に改称。
1945(昭和20)年8月25日 稚泊航路が運航停止。これに伴い、稚内桟橋駅も休止(実質的に廃止)。
1946(昭和21)年10月10日 恩根内駅〜咲来駅間に豊清水仮乗降場を開設。旅客のみ取り扱い。
1947(昭和22)年12月 永山駅〜比布駅間に北永山仮乗降場(局設定)を開設(月日不詳)。旅客のみ取り扱い。
1948(昭和23)年6月 美深駅〜紋穂内駅間に初野仮乗降場(局設定)を開設。旅客のみ取り扱い。
1949(昭和24)年6月1日 公共企業体日本国有鉄道(国鉄)に移管。
1950(昭和25)年1月15日 豊清水仮乗降場が一般駅に昇格し、豊清水駅(直営駅)となる。同駅における貨物・荷物の取り扱いが開始。
1951(昭和26)年7月14日 美深駅の読みを「ぴうか」から「びふか」に変更。
1951(昭和26)年7月20日 誉平駅が天塩中川駅、宇戸内駅が歌内駅に改称。
1952(昭和27)年11月6日 南稚内駅、稚内駅(2代目)が移転。これに伴い、抜海駅〜南稚内駅〜稚内駅(2代目)間を改キロ (+0.5km) 。
1955(昭和30)年12月1日 名寄駅〜智恵文駅間に日進乗降場を開設。
1955(昭和30)年12月2日 新旭川駅〜永山駅間に西永山仮乗降場、北永山仮乗降場〜比布駅間に南比布仮乗降場(局設定)、比布駅〜蘭留駅間に北比布仮乗降場(局設定)、士別駅〜多寄駅間に下士別仮乗降場(局設定)、佐久駅〜天塩中川駅間に琴平仮乗降場、天塩中川駅〜歌内駅間に下中川仮乗降場(局設定)、問寒別駅〜雄信内駅間に糠南仮乗降場(局設定)を開設。
1956(昭和31)年1月 和寒駅〜剣淵駅間に東六線仮乗降場(局設定)を開設。
1956(昭和31)年2月26日 旭川駅〜名寄駅間の客貨混合列車を廃止し、客貨分離。同区間で気動車が運行開始。
1956(昭和31)年5月1日 糠南仮乗降場〜雄信内駅間に上雄信内仮乗降場(局設定)を開設。
1956(昭和31)年7月1日 智恵文駅〜美深駅間に南美深仮乗降場(局設定)、豊清水駅〜咲来駅間に南咲来仮乗降場を開設。いずれも旅客のみ取り扱い。
1956(昭和31)年9月1日 多寄駅〜風連駅間に瑞穂仮乗降場(局設定)を開設。
1956(昭和31)年9月20日 風連駅〜名寄駅間に東風連駅(旅客駅・簡易委託駅)を開設。
1956(昭和31)年11月19日 名寄駅〜稚内駅間の客貨混合列車を廃止し、客貨分離。同区間で気動車が運行開始。
1957(昭和32)年2月1日 旭川駅〜新旭川駅間に旭川四条仮乗降場(局設定)、幌延駅〜下沼駅間に南下沼仮乗降場(局設定)を開設。
1958(昭和33)年10月1日 札幌駅〜稚内駅間に夜行準急「利尻」が新設され、優等列車が復活。
1959(昭和34)年11月1日 剣淵駅〜士別駅間に北剣淵仮乗降場(局設定)、智東駅〜智恵文駅間に北星駅(旅客駅・無人駅)、智恵文駅〜南美深駅間に智北仮乗降場(局設定)、安牛駅〜上幌延駅間に南幌延駅(旅客駅・無人駅)を開設。西永山仮乗降場、北永山仮乗降場、南比布仮乗降場、北比布仮乗降場、東六線仮乗降場、下士別仮乗降場、日進乗降場、南美深仮乗降場、初野仮乗降場、下中川仮乗降場が旅客駅に昇格し、西永山駅(無人駅)、北永山駅(無人駅)、南比布駅(無人駅)、北比布駅(無人駅)、東六線駅(無人駅)、下士別駅(無人駅)、日進駅(無人駅)、南美深駅(無人駅)、初野駅(無人駅)、下中川駅(無人駅)となる。
1960(昭和35)年7月1日 札幌駅〜稚内駅(2代目)間に準急「宗谷」が運行開始。
1961(昭和36)年10月1日 準急「宗谷」を函館駅〜稚内駅(2代目)間の運転とし急行に格上げ。
1965(昭和40)年7月15日 雄信内駅〜上雄信内駅間を経路変更。地すべり・雪崩多発地点を回避するため下平トンネル(全長1,256m)を含む付け替え新線を建設したことによる。
1967(昭和42)年6月1日 名寄駅にコンテナ基地を設置。
1967(昭和42)年11月1日 西永山駅を廃止。
1968(昭和43)年10月1日 新旭川駅〜永山駅間(西永山駅跡地)に北旭川駅(貨物駅・直営駅)を開設。
1973(昭和48)年9月29日 旭川駅〜新旭川駅間を複線化・高架化。旭川四条仮乗降場が旅客駅に昇格し、旭川四条駅(簡易委託駅)となる。
1974(昭和49)年10月1日 北旭川駅における小荷物の取り扱いを開始(一般駅となる)。蘭留駅、塩狩駅、豊清水駅、神路駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
1975(昭和50)年5月5日 旭川駅〜名寄駅間で9600形蒸気機関車の重連(49698 + 39679)による「SLさよなら列車」を運行。
1975(昭和50)年5月18日 幌延駅〜稚内駅間で「SLさよなら列車」を運行。
1977(昭和52)年5月25日 紋穂内駅、筬島駅、歌内駅、安牛駅、上幌延駅、下沼駅、徳満駅、抜海駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。神路駅が信号場に変更され、神路信号場となる(仮乗降場として旅客の取り扱いを継続)。
1978(昭和53)年12月1日 比布駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。新旭川駅における車扱貨物の取扱いを専用線発着のものに限定。永山駅における貨物の取り扱いを専用線発着の車扱貨物に限定。
1981(昭和56)年7月 南咲来仮乗降場を天塩川温泉仮乗降場に改称。
1982(昭和57)年3月29日 雄信内駅、兜沼駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
1982(昭和57)年11月15日 和寒駅、剣淵駅、多寄駅、風連駅、美深駅、恩根内駅、咲来駅、佐久駅、天塩中川駅、問寒別駅、勇知駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
1983(昭和58)年1月10日 旭川駅〜永山駅間に自動列車制御装置 (CTC) を導入。
1983(昭和58)年4月1日 南稚内駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。
1984(昭和59)年2月1日 名寄駅〜稚内駅(2代目)間の貨物営業廃止。永山駅、音威子府駅、幌延駅、豊富駅、稚内駅(2代目)における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。北旭川駅における小荷物の取り扱いが終了(貨物駅に戻る)。新旭川駅、永山駅、比布駅、蘭留駅、塩狩駅、和寒駅、剣淵駅、多寄駅、風連駅、美深駅、紋穂内駅、恩根内駅、豊清水駅、咲来駅、音威子府駅、筬島駅、佐久駅、天塩中川駅、歌内駅、問寒別駅、雄信内駅、安牛駅、上幌延駅、幌延駅、下沼駅、豊富駅、徳満駅、兜沼駅、勇知駅、抜海駅における荷物の取り扱いが終了。
1984(昭和59)年11月10日 通票閉塞廃止に伴い、永山駅、士別駅、名寄駅、美深駅、音威子府駅、幌延駅、南稚内駅、稚内駅(2代目)を除くすべての29駅で出札・改札業務を終了(無人駅となる)。そのうち、新旭川駅、比布駅、和寒駅、剣淵駅、風連駅、東風連駅(引き続き)、天塩中川駅、豊富駅は簡易委託駅となる。ただし、連査閉塞運転要員については配置を継続。
1985(昭和60)年3月14日 神路信号場を廃止。同信号場の交換設備が廃止され、棒線化される。士別駅、南稚内駅における荷物の取り扱いが終了。
1986(昭和61)年11月1日 永山駅〜南稚内駅間に列車集中制御装置 (CTC) を導入し、電子閉塞化。これに伴い、上記29駅がすべて駅員無配置となる。筬島駅、上幌延駅、芦川駅の交換設備を廃止。旭川駅、士別駅における貨物の取り扱いが終了(旅客駅となる)。旭川駅、名寄駅における荷物の取り扱いが終了。稚内駅(2代目)における荷物の取り扱いを新聞紙に限定。名寄駅〜稚内駅(2代目)間で各駅停車が5往復に削減され、夜遅い時間の便を廃止。
民営化以後
1987(昭和62)年4月1日 国鉄分割民営化に伴い、北海道旅客鉄道(JR北海道)が第一種鉄道事業者として全線を承継。日本貨物鉄道(JR貨物)が旭川駅〜名寄駅間の第二種鉄道事業者となる。智東駅を臨時駅に変更(冬季は全列車通過)。北剣淵仮乗降場、瑞穂仮乗降場、智北仮乗降場、天塩川温泉仮乗降場、琴平仮乗降場、糠南仮乗降場、上雄信内仮乗降場、南下沼仮乗降場が旅客駅に昇格し、北剣淵駅(無人駅)、瑞穂駅(無人駅)、智北駅(無人駅)、天塩川温泉駅(無人駅)、琴平駅(無人駅)、糠南駅(無人駅)、上雄信内駅(無人駅)、南下沼駅(無人駅)となる。
1988(昭和63)年3月13日 旭川駅の読みを「あさひがわ」から「あさひかわ」、新旭川駅の読みを「しんあさひがわ」から「しんあさひかわ」に再変更。
1990(平成2)年3月10日 北剣淵駅、瑞穂駅、智北駅、天塩川温泉駅、糠南駅、上雄信内駅の営業キロを設定。
1990(平成2)年4月7日 北永山駅の移転に伴い、永山駅〜南比布駅間が改キロ。
1990(平成2)年7月1日以前 南比布駅の簡易委託が終了し、無人駅となる。
1990(平成2)年9月1日 琴平駅を廃止。
1991(平成3)年10月25日 稚内駅(2代目)における新聞紙の取り扱いが終了。
1991(平成3)年11月1日 智北駅が智恵文寄りに約100m移転。改キロ。
1991(平成3)年11月13日 名寄駅構内に宗谷北線運輸営業所が発足。
1992(平成4)年4月1日 新旭川駅、和寒駅の簡易委託が終了し、完全な無人駅となる。和寒駅は士別駅派遣により出札業務を継続。
1992(平成4)年10月1日 旭川駅〜名寄駅間の普通・快速列車をワンマン運転化。
1993(平成5)年3月18日 名寄駅〜稚内駅間の普通列車をワンマン運転化。これに伴い、急行を除くすべての列車がワンマン運転となる。
1995(平成7)年4月1日 和寒駅における士別駅派遣による出札業務が終了。
1996(平成8)年9月1日 北旭川駅〜名寄駅間の貨物列車が運行を終了。JR貨物の名寄駅は自動車代行駅となり、同区間にトラック便が運行開始。
1997(平成9)年9月 新旭川駅における貨物列車の発着が終了。ただし、戸籍上はJR貨物の駅も存続。
1998(平成10)年2月25日 旭川駅〜永山駅間に自動進路制御装置 (PRC) 導入。
1999(平成11)年同年頃 旭川四条駅の簡易委託が終了し、完全な無人駅となる。
1999(平成11)年7月 多寄駅が旭川寄りに約20m移転(改キロはしない)。
2000(平成12)年3月11日 旭川駅〜名寄駅間の高速化工事が完成し、同区間の最高速度が130 km/hに向上。特急「スーパー宗谷」・「サロベツ」・「利尻」が運行開始。これに伴い、当路線初の特急列車が新設される。
2001(平成13)年7月1日 下中川駅、上雄信内駅、芦川駅を廃止。
2002(平成14)年11月4日 新旭川駅〜北旭川駅間を複線化。
2003(平成15)年5月10日 旭川駅〜北旭川駅間を電化(交流:20,000 V・50 Hz)。ただし、旭川運転所への回送車両が使用するのみで、営業列車は使用しない。
2003(平成15)9月1日 旭川運転所が旭川駅構内から北旭川駅構内へ移転。これに伴い、旭川駅〜塩狩駅間のダイヤを修正。乗務員交代のため、北旭川駅に一部の普通列車が運転停車するようになる。
2003(平成15)11月1日 風連駅における乗車券販売(簡易委託)が終了(無人駅となる)。
2004(平成16)年3月13日 南稚内駅が稚内駅(2代目)の被管理駅となる。南稚内駅の運転部門を宗谷北線営業所に統合。
2004(平成16)年3月17日 美深駅が名寄駅の被管理駅となり、駅長が廃止。
2005(平成17)年月日不詳 南稚内駅の駅長が廃止され、同駅が稚内駅長の管理となる。
2005(平成17)年6月9日 天塩中川駅の駅業務(簡易委託)が終了。
2006(平成18)年3月18日 智東駅、南下沼駅を廃止。
2006(平成18)年4月1日 名寄駅構内にJR貨物の名寄オフレールステーションを開設。
2007(平成19)年10月1日 全区間で駅ナンバリングを実施。旭川駅〜名寄駅間で最終を5分繰り下げ。
2010(平成22)年1月31日 稚内駅が棒線駅となり、南稚内駅〜稚内駅(2代目)間が1閉塞となる。
2010(平成22)年10月10日 旭川駅が高架化。
2012(平成24)年5月28日 本輪西駅〜北旭川駅間の石油輸送列車が廃止。
2014(平成26)年3月15日 「スーパー宗谷」の減速に伴い、旭川駅〜名寄駅間の最高速度が120 km/hに変更。
2015(平成27)年3月 天塩中川駅におけるJAでの簡易委託、保線基地での指定席の扱いが終了(完全な無人駅となる)。
2016(平成28)年3月26日 名寄駅〜稚内駅間の普通列車を削減。
2016(平成28)年5月1日 美深駅が簡易委託駅となる。
2016(平成28)年9月6日 台風13号接近に伴う降雨災害の影響で、抜海駅〜南稚内駅間の路盤が流失し、音威子府駅〜稚内駅(2代目)間が不通となる。特急「スーパー宗谷」・「サロベツ」についても全区間運休。
2016(平成28)年9月9日 「スーパー宗谷」1往復(1・4号)が札幌駅〜幌延駅間で運転再開。幌延駅〜稚内駅間は代行バスで連絡。「スーパー宗谷」1往復(2・3号)と「サロベツ」、普通列車の音威子府駅〜稚内駅間は引き続き運休。
2016(平成28)年9月13日 全区間復旧し、午後から運転再開。14日から所定ダイヤでの運転。
2016(平成28)年11月18日 JR北海道から「当社単独では維持することが困難な線区について」発表。名寄駅〜稚内駅間が「輸送密度200人以上2000人未満の線区」、旭川駅〜名寄駅間が「北海道高速鉄道開発株式会社関連線区」とされる。
2017(平成29)年3月4日 ダイヤ改正。「スーパー宗谷」2往復から札幌〜稚内間の直通を「宗谷」と改名して1往復とした。残りの2往復は「サロベツ」としてキハ261系化で旭川〜稚内間とし、札幌〜旭川間は「ライラック」に接続となった。
2017(平成29)年3月30日 沿線などの24市町村で構成する宗谷本線活性化推進協議会は名寄市内で道との意見交換会を開催。JR北海道との協議開始を決定。「当社単独では維持することが困難な線区について」発表以来では初。
wikipediaより参照
TOP旅の記録路線各駅巡礼写真のページ>JR宗谷本線(北海道)