JR山田線
上盛岡駅引込線跡

◆2011年3月27日(日)撮影
 現在の上盛岡駅は、単式ホーム1面1線の何の変哲もない無人駅となっているが、かつては2面3線のホームと貨物ヤード、盛岡側に北に向かってカーブする引込線があった。駅にほど近い現在の県立中央病院の敷地には、かつて旧日本専売公社盛岡工場があり、この引込線は原材料を運ぶためのもので、上盛岡駅は専売公社のための貨物駅みたいなものでした。この工場は、1905(明治38)年に現在の盛岡駅前に開設された盛岡煙草製造所が前身で、1926(大正15)年にこの盛岡市上田に移転。1949(昭和24)年に日本専売公社盛岡工場となった。1972(昭和47)年には郊外の盛岡市みたけに移転し、その後民営化によってJT盛岡工場に変わり、2010(平成22)年まで操業した。

 実は子供頃に何度か上盛岡駅に行ったことがありますが、現在とは比べものにならない広い駅だったことを覚えています。

 ちなみにこの引込線は、工場移転後も残り、1982(昭和57)年頃まではあったようです。

「この地図は、国土地理院発行の1万分の1地形図(盛岡)(平成)を使用したものである。」
国土地理院発行地形図の引用について
http://www.gsi.go.jp/LAW/2930-meizi.html

1976(昭和51)年頃の航空写真。比較のため左写真と同じ寸法にした。

航空写真を参考に、現在の地形図に重ねると、赤線で示した部分が引込線となります。

現在の上盛岡駅。かつては立派な木造駅舎があって、なかにはキオスクまであったそうです。

駅ホーム上より撮影。左写真が盛岡方向。右写真が宮古方向。不自然な線路の湾曲部分が見えますが、これはY字型に線路が分岐していた名残で、かつては交換設備のあった駅であったことがわかります。

かつての引込線は白線で示した所を通っていたと思われます。ちなみに両脇に建っている建物はJRの関連会社が建設した分譲マンションです。

カーブ部分は現在は駐車場になっています。ちょうど写真の真ん中を通っていました。

さらに進むと、橋がありますが、比較的新しいものなので、廃線後に設置されたものと思われます。

かつての専売公社の工場であった岩手県立中央病院が見えてきました。

ここで道路と交差していて、かつて踏切があったと思われます。

反対側である駅方向を見る。はっきりとした廃線跡でした。

左がかつての専売公社盛岡工場で、現在は岩手県立中央病院。ちなみに左右を走る道路、右へ伸びる部分は最近新しくできた道路で、引込線は信号下の横断歩道付近を走っていたと思われます。

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