◆弘前城(青森県)◆

2009年4月12日(日)、2010年2月27日(土)撮影
弘前城は、本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭の六郭からなる面積約49.2haの平山城で、津軽藩初代藩主津軽為信(ためのぶ)によって慶長8(1603)年になって幕府の許可を得た上で計画され、二代藩主信枚(のぶひろ)が慶長15(1610)年に着手し、翌年慶長16(1611)年に完成させた。その後、明治4年(1871)の廃藩置県まに至るまでの260年間、弘前藩津軽氏47,000石の居城として津軽地方の政治経済の中心地となった。 当初の天守は五層で本丸西南隅に構築されていたが、築城から16年後の寛永4(1627)に落雷により焼失した。現在の天守は、江戸時代末期の文化7(1810)年九代藩主寧親(やすちか)により、本丸辰巳櫓を解体新造したものである。 江戸時代に建築され、現存する天守としては、東北地方唯一のものであり、小規模ではあるが、全国の城郭天守の中でも代表的なものである。

天守(1)

天守(2)

天守(3)

天守より外を眺める

冬の天守(2010年2月27日撮影)

未申(ひつじさる)櫓(1)

未申(ひつじさる)櫓(2)

辰巳(たつみ)櫓

丑虎(うしとら)櫓

東内門(ひがしうちもん)(1)

東内門(ひがしうちもん)(2)

東門(1)

東門(2)

北門(1)

北門(2)

南内門(みなみうちもん)(1)

南内門(みなみうちもん)(2)

追手門(おうてもん)(1)

追手門(おうてもん)(2)

濠(北門より)

石垣

本丸模型

岩木山(弘前公園より)(2010年2月27日撮影)

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