弘前城は、本丸、二の丸、三の丸、四の丸、北の郭、西の郭の六郭からなる面積約49.2haの平山城で、津軽藩初代藩主津軽為信(ためのぶ)によって慶長8(1603)年になって幕府の許可を得た上で計画され、二代藩主信枚(のぶひろ)が慶長15(1610)年に着手し、翌年慶長16(1611)年に完成させた。その後、明治4年(1871)の廃藩置県まに至るまでの260年間、弘前藩津軽氏47,000石の居城として津軽地方の政治経済の中心地となった。 当初の天守は五層で本丸西南隅に構築されていたが、築城から16年後の寛永4(1627)に落雷により焼失した。現在の天守は、江戸時代末期の文化7(1810)年九代藩主寧親(やすちか)により、本丸辰巳櫓を解体新造したものである。 江戸時代に建築され、現存する天守としては、東北地方唯一のものであり、小規模ではあるが、全国の城郭天守の中でも代表的なものである。 | |
天守(1) |
天守(2) |
天守(3) |
天守より外を眺める |
冬の天守(2010年2月27日撮影) |
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未申(ひつじさる)櫓(1) |
未申(ひつじさる)櫓(2) |
辰巳(たつみ)櫓 |
丑虎(うしとら)櫓 |
東内門(ひがしうちもん)(1) |
東内門(ひがしうちもん)(2) |
東門(1) |
東門(2) |
北門(1) |
北門(2) |
南内門(みなみうちもん)(1) |
南内門(みなみうちもん)(2) |
追手門(おうてもん)(1) |
追手門(おうてもん)(2) |
濠(北門より) |
石垣 |
本丸模型 |
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岩木山(弘前公園より)(2010年2月27日撮影) |