今回はJR大船渡線各駅お遍路が目的で、一ノ関駅から大船渡線を国道264号線に沿って移動し、宮城県気仙沼市に至り、今度は国道45線をたどって岩手県陸中高田市、大船渡市を経て、その後盛岡市に戻るという行程でした。 震災からだいたい1年が経ち、がれきは撤去されていますが、復興はまだまだこれからのようです。ただ、大船渡線の復旧を断念して、被災区間を廃線とする可能性すら噂され、今後の進展が非常に気になります。 (参考資料) 報道発表資料:鉄道の復旧状況について(平成23年4月5日) - 国土交通省(鉄道の復旧状況) (http://www.mlit.go.jp/common/000140745.pdf (現在リンク切れ) (以後、「国土交通省報道発表資料」と表記」) |
|
JR大船渡線 大船渡線は、内陸部を走る一ノ関〜気仙沼間と、太平洋沿岸部を走る気仙沼〜盛間の二つに分けられ、今回の震災の被害は沿岸部の鹿折唐桑と青笹〜大船渡間に集中しています。 (国土交通省報道発表資料より引用) |
|
気仙沼駅 気仙沼駅は、気仙沼市街地の外れの高台にある駅でしたので、津波の被害はありませんでした。 現在は、気仙沼線が運休し、大船渡線も一ノ関までの区間運転が行われていました。 |
|
鹿折唐桑駅 駅舎は津波により甚大な被害を受けたものの、原形はとどめていたようですが、倒壊の危険があるとのことで、後に撤去されました。 |
|
駅舎は撤去されていました。 |
駅前の道路の真ん前に大型漁船が打ち上げられ、現在もそのままの姿で置かれていました。 |
駅前の様子。がれきがだいぶ撤去されていました。 |
線路の湾曲。津波で流された自動車が線路にひっかかってできたものだそうです。 |
上鹿折駅・陸前矢作駅 この区間は内陸部にありますので、津波の被害は受けず、駅舎や駅設備は無傷でした。 現在は、板が打ち付けられて閉鎖されています。 |
|
上鹿折駅の待合室 |
陸前矢作駅の待合室 |
気仙川橋梁 陸前矢作〜竹駒駅間にある気仙川橋梁です。橋梁の半分が流されていました。 |
|
橋梁の半分は津波に流され、外れていました。 |
震災当時の状況。 (国土交通省報道発表資料より引用) |
この付近の線路やがれきは撤去されていましたが、橋梁上の線路はそのままでした。線路が曲がっていますが、津波によるものすごい力がかかったことがわかります。 |
路盤のあった場所から橋方向に撮影。津波により路盤が見事にえぐられているのがわかります。 |
手前から奥に続く山盛り部分がかつての路盤。路盤が完全に削られています。 |
|
竹駒駅 この周辺は、気仙川に沿った低地のため、津波の被害を受けました。 |
|
待合室は撤去された後でした。 |
震災当時の状況。 (国土交通省報道発表資料より引用) |
線路は撤去されていました。 |
|
陸中高田駅 津波により壊滅状態となりました。 |
|
駅舎は全壊し、がれきは撤去済み。 |
震災当時の状況。 (国土交通省報道発表資料より引用) |
駅前広場のロータリーと駅前の街並み。がれきが撤去されて、建物もまばらでした。 |
|
脇ノ沢駅 海のそばにあった駅で、津波により壊滅状態となりました。 |
|
待合室は全壊し、がれきは撤去済み。 |
震災当時の状況。 (国土交通省報道発表資料より引用) |
足元がホーム跡。 写真左側が海です。 |
|
小友駅 津波により壊滅状態。 |
|
駅舎は全壊し、がれきは撤去済みでした。 |
震災当時の状況。 (国土交通省報道発表資料より引用) |
ホーム跡に、小友駅の看板がありましたが、駅舎にあったものだと思われます。 |
|
細浦駅 津波により壊滅状態。 |
|
ホームの一段下にあった駅舎(写真左下方向)は流出し、現在は工事用仮小屋が設置されていました。ホーム上の待合室(写真左上方向)は無事でした。 |
震災当時の状況。 (国土交通省報道発表資料より引用) |
ホーム上と線路には目立った被害は見られませんでした。 |
|
下船渡駅 高台にあったため、駅舎などの駅設備に目立った被害はありませんでした。 現在は、板が打ち付けられて閉鎖されています。 |
|
大船渡駅 津波により壊滅状態。 |
|
駅舎の反対側は大きな津波の被害はなかったように見えますが、よく見ると被害の跡を見ることが出来ました。 |
震災当時の状況。 (国土交通省報道発表資料より引用) |
駅舎は全壊し、がれきは撤去済みでした。 |
|
盛駅 駅は高台にあったため、津波の被害はありませんでした。 現在は切符販売などの窓口業務のみが行われていました。 |
|