安倍館遺跡(厨川城跡)(嫗戸柵有力地)と天昌寺(厨川柵擬定地)の中間に位置し、前九年の役では安倍軍がここに櫓を組んで見張ったと伝えられ、戦闘の終盤、女性に絹の衣服を着せて、この高いところで歌い踊らせ、敵を挑発したり味方を励ませたとの逸話も残される。 現在では樹齢1,000年と言われるケヤキの古木(盛岡市の保存樹木に指定)と狐森稲荷神社がある。 ちなみに、ここは現在「前九年三丁目」で、近くにあるバス停は「前九年二丁目」となっているが、昔は「狐森」という地名だったそうです。 |
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樹齢1,000年とも言われるケヤキの巨木が素晴らしい。 |
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敵見ヶ森の案内板 |
隣にあった「敵見ヶ森 稲荷神社」の石碑 |
稲荷神社の鳥居 |
稲荷神社の社殿 |
社殿よりの眺め。建物がなければ広範囲を眺めることが出来そう。 |
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