T-34-85はソ連軍において最初に運用された戦車である。 強力な砲と、改善された光学視界、そして、さらなる改善を施されたT-34-85は、もともとのT-34-76の改良バージョンである。新たな85mm砲で、ドイツのパンター戦車やティーガー戦車と戦うことが出来た。T-34-85はソ連で1943年から1945年まで約20,000両が生産された。 1,300両以上のT-34-85が東ドイツ軍(国家人民軍)の最初期に大量配備され、1960年代の終わり頃までに現役を退いた。その後、T-54戦車やT-55戦車が東ドイツ軍の標準装備となった。大量のT-34-85は予備役として残され、最期の33両のT-34-85は1989年にスクラップにされた。 1953年6月17日の東ドイツでの民衆暴動の鎮圧では、ソ連軍と兵営人民警察(のちの国家人民軍の前身)に配備されたT-34-85が使用された。 開発期間:1943~1944年 生産期間:- 生産数:1,346両(東ドイツにおいて) 乗員:4名 重量:32トン 大きさ:8.1m×3m×2.7m(長さ×幅×高さ) エンジン:軽油 エンジン出力:500(馬力) 最高速度(整地):55km/h 最高速度(不整地):-km/h 航続距離(整地):300km 航続距離(不整地):250km 武装:54.6口径85mm砲 SIS-S-53、7.62mm機関銃×2 弾薬:砲弾60発、弾丸1,890発 |
写真左にあるパネルは、1953年6月17日に起こった東ベルリン暴動についてのもので、右の人形のパネルはT-34/85戦車に投石する民衆を表し、T34/85の下には轢かれた自転車が再現されています。 |