青森市内の旧線跡と言えば、東北本線の旧線跡である「旧線路通り」が知られているが、実は反対側の奥羽本線側にも存在していて、その跡は道路と民家が建ち並んでいる。 地形図を比較すると、東北本線側は「旧線路通り」に沿って線路が通っていたことがわかる。また、現在は古川跨線橋付近で東北本線と奥羽本線が分岐しているが、かつてはさらに手前の青森駅側から分岐していたこともわかる。 この経路変更は、1926(大正15)年に営業を開始した青森操車場が影響した。 青森操車場とは、青函連絡船の貨物量増大に対応するために、貨物機能を青森駅より移転したもので、最盛期には「東北三大操車場」の一つと数えられるほどの貨物取扱量を誇っていた。この時に、奥羽本線側から青森駅を経由せずに青森操車場に短絡させる線路が必要となったため、奥羽本線の一部線路付け替えと奥羽貨物支線(滝内信号場〜青森操車場)が開業と同時に行われ、現在の経路となった。同様に東北本線側の線路も付け替えが行われ、その跡地は既述の「旧線路通り」となっている。 https://www.city.aomori.aomori.jp/toshokan/bunka-sports-kanko/rekishi/mailmagagine-rekishi-trivia/0107.html |
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「この地図は、国土地理院発行の2.5万分の1地形図(青森西部)(大正2年発行)を使用したものである。」 国土地理院発行地形図の引用について http://www.gsi.go.jp/LAW/2930-meizi.html 旧線時代のもので、現在の路線に比べると、奥羽本線と東北本線の分岐点は青森駅のすぐ手前であることがわかります。 |
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「この地図は、国土地理院発行の2.5万分の1地形図(青森西部)(昭和22年発行)を使用したものである。」 国土地理院発行地形図の引用について http://www.gsi.go.jp/LAW/2930-meizi.html 路線変更後のもので、奥羽本線と東北本線の分岐点は若干青森駅より離れ、奥羽貨物支線(滝内信号場〜青森操車場)が敷設されています。奥羽本線側の旧線は道路となり、東北本線側も道路に転用され、「線路通り」と呼ばれています。 |
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「国土地理院の電子地形図25000を掲載」 国土地理院発行地形図の引用について http://www.gsi.go.jp/LAW/2930-meizi.html |
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新青森駅方面。中央のオレンジ色の看板の建物の左側に旧線が延びています。 |
青森駅方面。中央の茶色の建物へ旧線が延びていたと思われます。 |
左側の道路が旧線跡。 |
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A道路に転用された旧線跡 | |
この区間は道路に転用された旧線跡です。 |
道路脇にはJRの宿舎が建っています。 |
B | |
ここで、旧線跡に敷設された道路は途切れ、この先旧線跡には住宅が建っています。 |
左側の建物が旧線跡で、右側脇には生活道路が通っています。 |
さらにこの先を進んでいきます。 |
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C橋台跡 | |
おそらく旧線唯一の遺構である小川に残る橋台です。 |
明治時代に多用されたレンガ造りです。 |
ここに旧線があったのは間違いようです。 |
この先、現在の路線と合流します。 |
D新旧路線合流地点 | |
この先で現在の路線と合流します。 |