開業:1893(明治26)年7月16日 所在地:青森県青森市大字野内字菊川 キロ程:109.6km(目時起点)、(726.9km(東京起点)) |
駅名由来 その他 野内駅は、付近の石油タンクからの石油、遠く上北鉱山からの鉱石を運ぶための索道(ロープウェー)があり、一時期は石油と採掘物の積出で、貨物取扱量が県内有数となり活況を呈した。貨物輸送は上北鉱山の閉山などのために廃止され、駅は無人化された。2011年3月12日には、野内駅を乗客数増加が見込まれる約1.6km青森駅寄りの青森工業高等学校の野内地区へ移転され、現在の駅は廃止、跨線橋が撤去、ホームのコンクリートが剥がされた。 石油タンク 1906(明治39)年、英国系のライジングサン石油(昭和シェル石油の前身)が完成させた。米国系の石油会社も進出し、旧野内村は東北有数の石油基地として地域経済をけん引した。 上北鉱山 青森県上北郡七戸町(旧天間林村)字南天間で操業していた日本鉱業(現・ジャパンエナジー)経営の鉱山。1940(昭和15)年に操業開始。銅と硫化鉄を産出し、最盛期には1ヶ月に2万トンの鉱石を処理したが、鉱石の枯渇により1973(昭和48)年6月に閉山した。 ※参考、引用サイト:Wikipedia |
駅名標 |
駅舎(待合所) ホームへ通じる跨線橋の入り口。 同じ位置から撮影、ホームへ通じる跨線橋が撤去されています。(2015年4月18日(土)撮影) |
上り(八戸方面) 駅ホームへは、右から伸びる跨線橋を渡る。 |
下り(青森方面) |
ホーム跡 (2015年4月18日(土)撮影) |
ホームは撤去されています。 (2015年4月18日(土)撮影) |
野内駅構内 |