開業:1893(明治26)年7月1日 所在地:北海道夕張郡栗山町錦4丁目 キロ程:191.5km(長万部起点) |
駅名由来 近隣に栗丘、栗沢と「栗」の字が続くが、これはこの辺りに栗が多かったことに由来している。 その他 かつては夕張鉄道線と接続する駅だった。 現在は由仁駅~当駅間が複線だが、かつては栗丘駅まで複線だった。1990(平成2)年に当駅~栗丘駅間の下り線にある栗山トンネルが崩壊したため、旧上り線を用いた単線での運行となったが、トンネルはそのまま復旧されず放棄された(旧下り線は大部分で残存しており、車窓からも確認できる)。 ※参考、引用サイト:Wikipedia |
駅名標 |
駅舎(待合所)東口 公共施設との合築のため、建物自体は広いが、駅としてはこの部分を使用。 駅舎(待合所)西口 |
上り(長万部方面) |
下り(岩見沢方面) 対岸のホームへは遠回りしてこの跨線橋を通らなければなりませんので、線路侵入して横断する事例が多いようです。 |
駅前(1)東口 |
駅前(2)東口 |
駅前(1)西口 |
駅前(2)西口 敷地が広いのは、かつてここに夕張鉄道があった名残。 |
駅舎(待合所)内(1) |
駅舎(待合所)内(2) |
前述したとおり、建物自体は、栗山商工会議所(円柱部分より右)との合築のため広いです。 |
栗山商工会議所ホール(1) |
ホールにはかつて当駅の跨線橋の建築材として使用されていた古レールの展示がありました。 上から イギリス カメル社(1884(明治17)年製) アメリカ カーネギー社(1905(明治38)年製) ドイツ ウニオン社(1886(明治19)年製)、日本八幡製鉄所(1910(明治43)年10月製。 |
ここに展示しましたレールは、皆様にご利用いただきましたJR栗山駅こ線橋(1950年11月建設)の骨組みとして使われていたものです。 明治・大正期、日本の鉄道レールの多くは、イギリス、アメリカ、ドイツなどから輸入されたもので、およそ10カ国、50社の外国製レールが全国で見つけだされています。 当時貴重な輸入品であったレールは、鉄道での役目を終えたあとも、建築材として活用されました。このこ線橋は、全国でも珍しく4カ国のレールを組み合わせて作られていました。 2001年4月 寄贈 北海道旅客鉄道株式会社 鉄建建設株式会社 |
栗山商工会議所ホール(2) |
跨線橋より岩見沢方面を撮影。左側の空き地はおそらく夕張鉄道の線路跡。 |
跨線橋より長万部方面を撮影。左が現在の駅舎で、中央ホームより右が夕張鉄道の線路跡。かつては単式ホーム1面、島式ホーム2面の3面5線を有する駅で、夕張鉄道は西側(写真右側)の1面2線を使用していたという。 |
対岸のホームへは遠回りを強いられます。 |
あちこちに掲げられている警告板。 対岸のホームに行くために遠回りして跨線橋を使うことになるので、線路の横断が後を絶たないのでしょう。 |