東北本線は単線だったが、昭和40年代に複線化工事が行われ、一戸から当信号場が複線化されたことにより設置された。あくまでも一戸~北福岡(現在の二戸)間の複線化が終わるまでの一時的なものだったため、1968(昭和43)年に北福岡(現在の二戸)まで複線化されたことにより役目を終えて廃止された。 短期間しか存在しない信号場だったため資料が少なく、602.9kmの位置に存在したという情報しかありませんでした。地図から推定するとちょうど鳥越観音の鳥居が見えるところに信号場があったと思われます。 |
|
川原田踏切(603.227k) |
川原田踏切より東京方面を撮影。 信号場はここよりおよそ300m先ですので、この辺りが信号場の終点だった可能性があります。 |
603km地点を示すキロポスト。どうやらこの当たりに信号場があったものと思われます。 |