開業:1894(明治27)年1月4日 所在地:宮城県宮城郡利府町森郷字柱田26-8 キロ程:4.2km(岩切起点) |
駅名由来 地名「利府」より。 利府は「十符の菅菰(とふのすがこも)」と呼ばれた筵(むしろ)の産地で、古くは十符の里とも呼ばれていました。 菅菰とは、沢辺に生い茂る菅葦を荒く編んで作った筵のことで、編み目が十筋あるところから名付けられました。その素朴でひなびた風合いは都人の歌心をそそり、「夫木和歌集」には「みちのくの とふのすがこも ななふには きみをねさせて われみふにねむ」(詠人未詳)といった恋歌も残されています。 十符が「利府」と書かれたのは、伊達政宗の叔父・留守政景が、一族の村岡氏を攻め、その居城を修築した際、「十」に「利」の字を当て、陸奥国府の「府」と組み合わせて「利府城」としたのがはじまりです。そしていつしか「りふ」と読まれるようになりました。 この地名の由来を受けて、明治二十七年(一八九四)一月四日、東北本線が当地に開通した時、利府駅が開業しました。 (利府駅現地案内板より) その他 かつての東北本線はまでこの駅を経由していましたが、海沿いの新線への切り替えにより1962(昭和37)年7月1日に利府〜品井沼間が廃止され、支線の終着駅となった。 ※参考、引用サイト:Wikipedia |
駅名標 |
駅舎(待合所) |
上り(仙台方面) |
下り(利府方面) 1962(昭和37)年7月1日までは、この先に線路が続いていました。 |
駅前(1) (2024年3月3日(日)撮影) |
駅前(2) (2024年3月3日(日)撮影) |
駅舎(待合所)内(1) (2024年3月3日(日)撮影) |
駅舎(待合所)内(2) (2024年3月3日(日)撮影) |
架線柱との間に不自然な空き地がありますが、これは留置線があった名残です。 JR発足直後は1面1線(本線)のほかに留置線6本(上り2〜番線)があったが、のちに3本(上り2〜4番線)に削減され、最終的に現在の姿(本線の1番線と2番線のみ)となった。 (2024年3月3日(日)撮影) |
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